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わたしのおもちゃ箱。

しっちゃかめっちゃかな、わたしの頭の中。

サバイバルできる系女子を名乗ってみる。【文章迷走中。】

(文章迷走中。矛盾あり。読みづらさMAX。)

道端に生えたつくしを見て、

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「あ、採って帰って、佃煮にでもしようかな」

と考え、


亀の手を見て、

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「あ、採って帰って、お味噌汁の具にしたい」


なんて思う、25歳女子がどれくらいいることか。

.....もちろん、いるにはもちろん居るんだろうが。


食べれるって知ってて、調理法を知っている人はいっぱいいるだろう。

でも、=食べよう!とまで考える人は?....かなり減るのではないか。

少なくとも、私の短い人生の狭い範囲の中ではあるが、その中ではかなり少数派である。


山に放り出されても、ある程度、なんとか生きていけそう。

我ながら、時々思う。


海に行っても山に行っても、どこかに「食料」という視点がある。


海の岩場は、食料の宝庫。貝とかナマコとか岩のりとか。運が良ければウニとかサザエとか。

紅葉したイチョウ見て、「あー秋だな、綺麗」と思いながら、もう少しで銀杏が取れると考える。


人間、生きるためには食べなきゃだから、生命力があるってこと!と父に言われた。

なるほど。


名付けて、サバイバルできる系女子。

.....可愛くはないな。笑


自然と親しみ育つということ

きっかけは、生育環境だとしか言いようがない。

とんでもない田舎ではないが、山にも海にも簡単に行ける程度には田舎だった。

旅行もほとんど海か山だった。

また、小さいけども草ぼーぼーの庭があったのもあるかもしれない。


おかげさまで海から山からさらには庭からも(!?)食料を調達し、自然の恵みを受けてすくすく成長した。

おまけに、自然の中で遊ぶ術と、自然療法なんかの知識もちょっと入れた。


....そして見事な野生児になった。



ただ、書きながら思ったのが、これ、ひと昔前だと当たり前のことではないか、ということ。

少なくとも、私たちの親の世代くらいまでは....。(自然療法は別として。)


自然と人間のあり方

土地の開発が進み、自然と触れ合うのが非日常になった。

遠足で山海へ行くと、動植物を「観察する」ようになった。

環境問題が発生、「自然を守る」という言葉が「できた」。

自然と食卓が遠いものになった。


自然とは、余暇に「行き」遊ぶ場所。

自然とは、保護対象。


そんな中で、自然と人は少しずつ切り離されたものになったのだろう。あるいは関わり方が、変わったというべきか。

いや、依然として、人は自然に生かされているのだから、人の「自然の中で生きる」という意識が希薄になったというべきかもしれない。


別に誰かを批判するつもりもない。

ただ、自分の考え方と他の人と、根本は何が違うんだろう、と考えた先がこれだっただけである。


私は、自然の中で私たちは生きている、自然から食べ物を得るものだと考えている。そして、中途半端ではあるが、その知識がある。

そうでない人にとっては、その体感が希薄なのだろう。知識があっても、それが腑に落ちているわけではない。ただの余暇活動であったり、など。


私たちはもともと、自然の中で採取し、狩りをし、生き生かされてきた。


生きることは、食べること。


別に、山菜などを採取して食べることを勧めるというわけではない。

いろいろとうるさい時代でもあるし。


ただ、「自然の中で生きる。」

その「生きる」ということについて、古代からの営みについて、GWの暇をもてあます人は考えてみても面白いかもしれない。


何度も読み返した漫画

蛇足。

多分、わたしのサバイバル能力を底上げしたのは、この本だろう。

本多勝一のこんなものを食べてきた! 小学生の頃

本多勝一のこんなものを食べてきた! 小学生の頃

  • 作者: 堀田あきお,堀田佳代,本多勝一
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞社
  • 発売日: 1999/04
  • メディア: コミック
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叔父さんからもらったもので、面白くて何度も読み返した。

正直、今読み返したい。

作者が戦時〜戦後にかけて食べていたものを描いてある漫画だ。

そしてこの中に載っているので見つけたものは結構試した。

あゝ、懐かしき日々。